« 小法師(こぼうし) | トップページ | パン? ケーキ? »

2006年2月 2日 (木)

節分

古い友人から、何年ぶりかで電話が入りました。最初の一言が「まだやってる?節分!」
「懐かしくなって掛けた」と言います。我が家の節分行事に参加した時の事を毎年思い出すのだそうです。

どちらのご家庭にも「我が家の行事」は、有る事と思いますが、我が家では「節分」の夜に皆で大騒ぎ。それが何時から始まったかは分かりません。どんなことかと言うと、単純!!

「母が蒔く「豆」を暗い中で拾う」・・・ただこれだけの事なのです。

全員、仕事が終わった後(8時半~9時ごろだったと思います)二階の三間をあけ広げ、危険なものを移動しカバーをして置いて、「福は内」の母の掛け声とともに明かりを消して皆が必死で拾うのです。蒔いているのは豆だけではなく「当たりくじ」だったり、「飴」や「景品の番号」だったりと、毎年やっている内にだんだんエスカレートして行ったのだと思います。

大の大人が9人・10人と必死で拾うものですから、そんなに広くない我が家は大騒ぎ!

時々、明かりを点けたり消したりするものですから、そこの場所に皆が突進!明るくなった瞬間の光景と言ったらコマ送りの人形のように動いて見えて、取るのを忘れて笑い転げたりしてしまいます。

電話をくれた友人曰く「あんなに笑ったのは今迄の人生で3本の指に入る」のだそうです。

毎年23日が近づくと、各人が今年は一番になろうと内緒で策を練り(その割りに大した策では無いのですが)、隠れてエプロンの下を縫い合わせて袋を作り、取れた端から入れて行くようにしたり、大きな足を広げてかき集めそれを取ろうとしたりと大変。

せいぜい3~40分程の事なのですが、その後は、成果を見せあい、順位によって賞品が配られ見せ合ったりして夜中まで大騒ぎでした。今考えると沢山取れるもっといい方法があったと思うのですが、怪我をさせる事までして取るような事もなかったし、妹など小さい時には母が足元にわざと落としたりして皆と同じくらい拾っていました。

今は、節分に皆が集まるような事は有りませんが、家族以外、他の場所で我が家の「節分」を思い出して頂いていた事に驚きとうれしさがいっぱい。

昭和30年・40年代のお話です。

|

« 小法師(こぼうし) | トップページ | パン? ケーキ? »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 小法師(こぼうし) | トップページ | パン? ケーキ? »